【土方+沖田】花と鬼
・屯所日常
・土方さんと沖田さん
・土方→千鶴←沖田 要素あり
続きからどうぞ。
京都にある新撰組屯所の中。
そのある一室で、役者も顔負けかと思うような整った顔立ちの男が眉間に皺を寄せて、何やら深刻な問題について熟考していた。
彼の目の前に広げてあるのは一冊の薄い帳簿。表紙には「新撰組会計簿」と濃い墨で書かれている。
見開きになった頁を見れば、支出の部が圧倒的に多い。
つい先日には新しく入隊した隊士達の羽織を呉服屋に注文したばかりだった。この収入と支出の差をどうやって埋めるか。
新撰組副長である彼の頭を悩ませているのは、これだった。
「土方さん、入りますよー」
「と、言いつつ開けてんじゃねぇか…」
彼の背後の襖がガラリと開く。
その向こうからひょいと顔を出したのは一番隊組長の沖田だった。彼は器用に片手で湯のみの乗った盆を下ろしながら、土方の文机の上のものを見て、おやっと瞬きをする。
「どうしたんですか?帳簿なんて捲って」
「どうもこうもねぇよ」
各隊士に配っている金子はともかく、新撰組の金庫事情は大分切迫している。
その辺りの事情をかみ砕いて説明してやれば、沖田は「なぁんだ」とつまらなそうな息を吐いた。
「何だとは何だ」
「いや、僕はてっきり土方さんが粉飾会計でもしてるのかと」
「…おい」
「やだなぁ冗談ですよ、冗談」
にこにこと悪意を振りまく笑顔を前にして、土方はやれやれと帳簿に視線を戻した。
「ん?そういや、お前、何しに来たんだ?」
お世辞にも仲がいいとは言えない関係の二人。
一体沖田はこの部屋に何をしに来たのか。色々と前科のある沖田だけに油断はできない。
土方はさり気ない振りを装って、己の文机の下から2番目の引き出しがしっかりと閉まっていることを確かめた。「え?あぁ、これですよこれ」
これ、と彼が差し出したのはごく普通の湯のみだった。
薄く湯気のたつことから、淹れたての熱い茶が入っていることが予想がつく。
「これは?」
同じ隊に所属する者として些か失礼な物言いではあるが、目の前の男が自分のために茶を入れてくるなんて雪が降ろうが、槍が降ろうがあり得ない。土方はそう思った。
差し出された湯のみを受け取っていいものだろうか。
そもそもこの湯のみが自分のための物なのか?手を出したとたんに「何勘違いしてるんですか、土方さんってば。これは僕のですよ」なんて来た日にはこいつに斬りかからない自信がない。
湯のみを前に固まる土方に、沖田は大体の想像がついたのだろう。
くすくすと笑いながら「千鶴ちゃんですよ」そう言った。
「…、千鶴が?」
雪村千鶴。屯所で身を預かっている少女の名前を頭で反芻しながら、土方はそうかと頷き、素直に湯のみを受け取った。
彼女が淹れたものならば安心して飲める。
何せ人畜無害を絵にしたようなやつだ。よく働くし、よく気がつく。そして欲がない。
隊士でもないのに、手と頬を真っ赤にして洗い場に立つ、けなげな姿。
父親の行方を捜しに、はるばる京まで来たというのに、こちらの都合で軟禁してしまっている。
せめて給金替わりに何かを買い与えようとも思ったのだが生憎、辞退されてしまった。
「みなさんのお役に立てるだけで、十分ですから」
そう言われてしまっては、立つ瀬がないだろう。土方はその頭をくしゃっと大きく撫でて、小さく苦笑し―
「土方さん?」
は、と回想から意識を引き戻せば、湯のみの向こうから沖田が訝しげな表情でこちらを見つめていた。
交わる視線。先に逸らしたのは沖田の方だった。
「じゃあ、そういうことですから。せっかく千鶴ちゃんが淹れてくれたんですし、さっさと飲み干して下さいね」
そう言って沖田はあっさりと部屋から出て行ってしまった。
てっきり「そろそろボケてきたんじゃないですか?」などと、憎まれ口の一つでも言われるかと身構えていた土方は拍子抜けした。
ふ、と息を吐き、湯のみに口を付ける。…美味い。
じわりと喉を通るお茶の温かみと共に疲れが肩から抜けるのを感じた。
さて、もう一仕事するか。土方はぐっと残りを飲みほして、手にしたものを筆に持ち替えた。
そのある一室で、役者も顔負けかと思うような整った顔立ちの男が眉間に皺を寄せて、何やら深刻な問題について熟考していた。
彼の目の前に広げてあるのは一冊の薄い帳簿。表紙には「新撰組会計簿」と濃い墨で書かれている。
見開きになった頁を見れば、支出の部が圧倒的に多い。
つい先日には新しく入隊した隊士達の羽織を呉服屋に注文したばかりだった。この収入と支出の差をどうやって埋めるか。
新撰組副長である彼の頭を悩ませているのは、これだった。
「土方さん、入りますよー」
「と、言いつつ開けてんじゃねぇか…」
彼の背後の襖がガラリと開く。
その向こうからひょいと顔を出したのは一番隊組長の沖田だった。彼は器用に片手で湯のみの乗った盆を下ろしながら、土方の文机の上のものを見て、おやっと瞬きをする。
「どうしたんですか?帳簿なんて捲って」
「どうもこうもねぇよ」
各隊士に配っている金子はともかく、新撰組の金庫事情は大分切迫している。
その辺りの事情をかみ砕いて説明してやれば、沖田は「なぁんだ」とつまらなそうな息を吐いた。
「何だとは何だ」
「いや、僕はてっきり土方さんが粉飾会計でもしてるのかと」
「…おい」
「やだなぁ冗談ですよ、冗談」
にこにこと悪意を振りまく笑顔を前にして、土方はやれやれと帳簿に視線を戻した。
「ん?そういや、お前、何しに来たんだ?」
お世辞にも仲がいいとは言えない関係の二人。
一体沖田はこの部屋に何をしに来たのか。色々と前科のある沖田だけに油断はできない。
土方はさり気ない振りを装って、己の文机の下から2番目の引き出しがしっかりと閉まっていることを確かめた。「え?あぁ、これですよこれ」
これ、と彼が差し出したのはごく普通の湯のみだった。
薄く湯気のたつことから、淹れたての熱い茶が入っていることが予想がつく。
「これは?」
同じ隊に所属する者として些か失礼な物言いではあるが、目の前の男が自分のために茶を入れてくるなんて雪が降ろうが、槍が降ろうがあり得ない。土方はそう思った。
差し出された湯のみを受け取っていいものだろうか。
そもそもこの湯のみが自分のための物なのか?手を出したとたんに「何勘違いしてるんですか、土方さんってば。これは僕のですよ」なんて来た日にはこいつに斬りかからない自信がない。
湯のみを前に固まる土方に、沖田は大体の想像がついたのだろう。
くすくすと笑いながら「千鶴ちゃんですよ」そう言った。
「…、千鶴が?」
雪村千鶴。屯所で身を預かっている少女の名前を頭で反芻しながら、土方はそうかと頷き、素直に湯のみを受け取った。
彼女が淹れたものならば安心して飲める。
何せ人畜無害を絵にしたようなやつだ。よく働くし、よく気がつく。そして欲がない。
隊士でもないのに、手と頬を真っ赤にして洗い場に立つ、けなげな姿。
父親の行方を捜しに、はるばる京まで来たというのに、こちらの都合で軟禁してしまっている。
せめて給金替わりに何かを買い与えようとも思ったのだが生憎、辞退されてしまった。
「みなさんのお役に立てるだけで、十分ですから」
そう言われてしまっては、立つ瀬がないだろう。土方はその頭をくしゃっと大きく撫でて、小さく苦笑し―
「土方さん?」
は、と回想から意識を引き戻せば、湯のみの向こうから沖田が訝しげな表情でこちらを見つめていた。
交わる視線。先に逸らしたのは沖田の方だった。
「じゃあ、そういうことですから。せっかく千鶴ちゃんが淹れてくれたんですし、さっさと飲み干して下さいね」
そう言って沖田はあっさりと部屋から出て行ってしまった。
てっきり「そろそろボケてきたんじゃないですか?」などと、憎まれ口の一つでも言われるかと身構えていた土方は拍子抜けした。
ふ、と息を吐き、湯のみに口を付ける。…美味い。
じわりと喉を通るお茶の温かみと共に疲れが肩から抜けるのを感じた。
さて、もう一仕事するか。土方はぐっと残りを飲みほして、手にしたものを筆に持ち替えた。
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